消費税増税は感情のジェットコースター

後藤 大輝

<目次>
1.はじめに~消費税増税(17年ぶり2回目)~
2.「苦悩」は駆け込み需要の起爆剤
3.節約します。贅沢もします。
4.おわりに~“増税”から我が身を守り抜け!~

1.はじめに~消費税増税(17年ぶり2回目)~

2012年3月30日朝、野田内閣(当時、民主党)の閣議で当時5%だった消費税を2014年4月から8%、2015年10月から10%に引き上げる“消費税増税法案”を閣議決定しました。増税した分の用途として、出生率減少に伴う少子化と高齢者の増加によって膨れ上がる社会保障費を補う財源として充てられる予定です。この法案と共に年金機能強化法案と子ども子育て新制度の関連法案も閣議決定され、労働者や子育て世帯の不満や生活苦を緩和する策になると考えられていました。
 

1989年から創設された“消費税”(3%)であるが1997年に5%へと引き上げられたときから、この法案をもって実に17年ぶりの増税となりました。結果的に2015年10月からの増税は叶わず、2019年10月から標準税率10%、軽減税率8%の形となっており、総理大臣最有力であった菅官房長官(後に総理大臣に選出)は2020年9月に「今後10年は消費増税は不要」との考え方を示しています。

では、私たちを振り回す“消費税増税”は人々の感情にどのように影響しているのかを考えていきましょう。

2.「苦悩」は駆け込み需要の起爆剤

「前回消費税が上がった頃はまだ子供だったので、自分でお金の管理をするようになってから初めての増税・・・ずっしりとその負担を感じるので。」

大阪府/31歳/女性

2014年の増税は、日本において17年ぶりの増税となった。この間に自分が家計の担い手となってから初めての増税であるという不安の声も上がっています。そこで消費税増税直前の駆け込み需要について見ていきましょう。

【図1】2014年消費税増税前後の生活必需品全体の年代別の購買金額・数量前年比の動き

図1から、増税直前の1か月前から徐々に増え始め、1週間は昨年比の30~45%ほどに上昇していることが分かります。年代別に見ると60歳以上、つまりシニア層ほど駆け込み消費を行う傾向が強く、長期的に見ても消費の水準が昨年と変わらなくなるのが早い傾向があります。
 しかし、50代以下の年代は瞬間的に昨年同等に戻ることはあっても、年間を通してみると昨年未満の状況が長期に渡って続きます。駆け込み需要の継続期間が1か月程度だったことに対して、消費の落ち込みは長期にわたって継続的に起こっていることから、若者や子育て世代が生活苦を感じるようになったと考えられます。
 それでは、駆け込み需要が起こった約1か月について深掘りしていきましょう。まずは前回の増税時との比較です。

 ここまで消費者視点から消費増税のデッドラインについて触れてきましたが、増税で意識が変化したのは消費者だけではありません。小売店も変化を求められた対象の一つなのです。

【図4】より、2014年の増税は価格表記変化の大きな転換点だったことが分かります。増税前は6割弱が税込表記(内税方式)だったのに対し、増税後は8割弱が本体価格と税込価格を併記しているという結果があります。この表記方法は一見、安価に見えるため増税後の痛税感を感じさせないための工夫の一つと言ってもいいでしょう。しかし、この方法は下二桁目を「8や9」にすることで値ごろ感を演出していた事業者にとっては消費者へのアピールが難しくなったともいえるため、より一層価格表示の戦略が複雑になるのではないでしょうか。

 ここまで見てきた通り、増税に関して私たちは消費者視点を強く意識してしまいますが、事業者(小売店など)にとっても強く変化を促す事象であるということを取り上げてきました。増税の直前の駆け込み需要増加期から増税直後を勘定で表現してみましょう。消費者・事業者共通で「苦悩」が一番適切な感情なのではないでしょうか。消費者は買い溜めに奔走し、事業者は売り方の工夫を求められました。増税時期が迫ってくる焦燥感、消費者視点の増税後は節約中心の生活になることへの不安感、事業者視点の増税後に消費が落ち込むのをどのように乗り越えるのかという葛藤など様々な感情が渦巻く状況を一言で端的に表したのが「苦悩」であるように感じました。この時期のように人々の行動が変化するのは感情が大きく揺さぶられている時勢が要因なのではないかと実感せざるを得ません。

3.節約します。贅沢もします

「今年は消費税に始まり、消費税に終わりそうな年。消費税アップ前の駆け込み需要やアップしてからの消費減速、そして10%アップの見送りなど税一色の年だった。」

大阪府/53歳/男性

 2章でも取り上げた通り、2014年の消費税増税後は、物の値段はもちろんのこと、電車・バス・タクシー運賃、電気・ガス・水道などの公共料金も値上がりしたため長期的かつ継続的に消費が落ち込む一年となりました。
 では、あらゆる消費が下振れして、あらゆる市場が低迷の一途をたどったのでしょうか。答えは違います。増税後に注目された消費者の属性は主に訪日外国人(インバウンド)シニア層です。2014年の訪日外国人は約1,300万人と過去最高を更新する見通しが立てられ、この数字は過去最高になります。日本の伝統技術や文化に対する国民的評価が高まり、インバウンド消費が過熱することで地方創生に繋がるという見方も示されました。続いてシニア層については、子や孫に対する支出や健康関連市場の消費の主役になることが期待されました。そもそも高齢化社会で人口に対する高齢者の構成比が高いことも消費者層として注目されている理由の一因と言えるでしょう。企業活動においても国内依存度の高い企業(内需系)は苦戦したものの、アメリカやヨーロッパを中心とした海外で稼ぐ企業(外需系)は堅調でした。苦戦した内需においても遊園地・テーマパーク業界は合計売上高が過去最高に達するという見方がされました。大きな要因としてはユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪市)の「ハリー・ポッター」エリア開業などが挙げられ、開業してから6か月連続で各月の過去最高入場者数を更新しました。東京ディズニーランド(浦安市)を運営するオリエンタルランドも当初の入場者数予想を上方修正、他にも長崎県のハウステンボスや浅草花やしきも前年より入場者数が上昇しました。以上のことを総括したのが下図【図5】です。

 この図は日経新聞より発表された2014年ヒット商品番付です。東の横綱には堅調な消費の要因となった訪日外国人によるインバウンド消費、大関には東西それぞれテーマパーク事業に関連するエンタメが配置され、前頭には高齢者による健康商品が位置付けられています。それに加え注目すべき点は、小結のデミオ(マツダ)とハスラー(スズキ)です。これらはどちらも比較的安価な軽自動車であり、苦戦した自動車業界と節約志向に走った消費者の様子を物語っています。

では、好調だった業界と不調だった業界において内需・外需以外で差をつける要因は何だったのでしょうか。そのカギは消費行動の変化にあります。高税化社会と言われ、節約志向が強まる中での消費行動は「メリハリ消費」と呼ばれています。メリハリ消費とは、普段は節約志向が強いのですが特別な場合や価値のあると判断されたものについてはしっかりとお金を使うという傾向です。特別な一日を演出するテーマパーク事業や高齢者が子や孫に使うお金を惜しまないのがその傾向の典型例と言えるでしょう。  その中でも今回は特に大手コンビニエンスストア3社(セブン&アイHD、ローソン、ファミリーマート)に注目してみていきましょう。この3社がメリハリ消費を演出するために行っているのがプライベートブランド(以下、PB)戦略です。大手コンビニ3社はどこもプライベートブランドを持っており、セブン&アイHDでは、通常路線の「セブンプレミアム」と高級路線の「セブンゴールド」、ローソンでは、「ローソンセレクト」に加え2014年10月末に高級スーパーの「成城石井」を買収、ファミリーマートでは「Family Mart collection」のなかに「レギュラーライン」と「プラチナライン」という形で2種類の価格帯で展開しています。どのコンビニエンスストアも平日は通常路線の製品、一家団欒で食卓を囲む日は高級路線の製品といったように消費者のライフスタイルに合わせて買い分けられるような商品ラインナップを行っています。このように消費税増税による高税下で変化する消費行動やライフスタイルに合わせ様々な企業が経営戦略を対応させてきました。
 さいごに、ここまでに紹介してきた事象に相当する感情を考えていきましょう。消費者視点では漂う節約志向の傾向から少しでも特別感を感じることにお金を使ってより満足度の高い生活を求めており、企業視点からしたら価格帯の違う2つの販売ラインを用意し、高い商品にも訴求力を演出しているということを考えると「欲望」なのではないかと思います。生活の変化が起こっても節約や自制することの一辺倒では気持ちが持たないということがよく表れているのではないかと思います。

4.おわりに~“増税”から我が身を守り抜け!~

この状況を踏まえて国民の意識も今回の増税や当時2015年に予定されていた消費税10%へ再増税に備えて「ファイナンシャルプランナー」や「簿記」といった金融に関する資格や「NISA」や「ふるさと納税」などマネーリテラシーが高められるものへの関心が高まりました。

この状況を鑑みるに感情としては「防衛」が一番近いのではないでしょうか。支出が増えていくことが明確に予想される中で自分の生活を守るにはどういう知識を得てどういう行動をとるべきか考えさせられる1年だったと思います。
 国民を混乱させる増税には言うまでもなく、納得感を与える用途を示す必要がありますが、号泣会見で注目を集めた兵庫県議の政治資金の不正利用などの問題が起こるたび税金の使い道を疑問視する声が絶えず、国民の生活に還元されている実感が持てないのも増税に対する不満が集まる一因となっています。特に消費税は累進課税ではなく、購買品に対して一定の比率でかけられるため、貧困層ほど重税感を感じて不満を感じる度合いが大きいです。 人々の感情を大きく揺さぶる“増税”には完全に無関係な人が一人もいません。もちろん、読者のあなたも一考の余地があるテーマです。この記事があなたの周りの税を考え直すのに一役買ったなら幸いです。

◆参考文献

「消費増税法案を閣議決定 14年4月に8%」日本経済新聞(
2012/3/30)
URL:https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS3000E_Q2A330C1000000


「2014年の消費増税時を振り返る データから見えた消費への影響と小売店の対策とは?」Intage Gallery(株式会社インテージ)
URL:https://www.intage.co.jp/gallery/zouzei2014/


「遊園地・テーマパーク、売上高最高に 14年6000億円に迫る」
 日経速報ニュースアーカイブ(2014/12/29)




「MJ2014年ヒット商品番付、国境越えて共感集める。」日本経済新聞(2014/12/03 朝刊 3ページ)


『4~9月期決算番付(3)増収率――「M&A組」「外需系」並ぶ。』
日本経済新聞 (2014/11/20 朝刊 17ページ)


『駆け込み需要1.7倍に――「メリハリ消費が主流に』(消費税5%8%)」日経MJ(流通新聞)(2013/11/20  4ページ)


『経営者100人今年の消費こう見る――キーワード、「賢い消費」に期待。』
日経MJ(流通新聞)(2015/01/01  6ページ )


『[対談] イノベーションの視点「メリハリ消費」時代の消費者心理をつかむ』株式会社セブン&アイHLDGS.(四季報 2013年SPRING 掲載)
URL:https://www.7andi.com/company/conversation/1038/1.html


『2014年「今年の漢字」トップ20』公益財団法人 日本漢字能力検定協会
URL:https://www.kanken.or.jp/project/edification/years_kanji/2014/ranking.html

『タカラトミー、世知辛い世の中を反映した辛くて辛~い盤ゲーム「人生ゲーム獄辛」を発売』株式会社タカラトミー (2014/09/17 プレスリリース)




「20代~40代男女が選ぶ、2014年の出来事&2015年予測ランキング」株式会社ユーキャン(2014/12/09 プレスリリース)