”日本死ね”が動かした日本の社会

八木澤 駿

① 日本死ねが広まる以前にあった日本の問題点


2016年2月15日はてなブログにおいて『保育園落ちた日本死ね!!!』という衝撃的なタイトルの内容が書き込まれました。その年の流行語にもなったその言葉は大きな反響を呼び、ネットの世界を飛びだしてテレビや新聞に取り上げられ、国会の議題にまで発展していきました。サイトに書き込まれた一人の過激な感情が全国的な問題として認識されるようになった過程を見ていこうと思います。

そもそもこの言葉が広がる過程を考えるためには世の中の問題点を考える必要があります。まず、日本という国においてはバブル経済の崩壊の時期をきっかけに家族の形が専業主婦世帯から共働き世帯へと転換をしていきました。今では共働き世帯は1245万世帯、専業主婦世帯は575万世帯と倍以上の差が付いていて、共働きという家族の形が一般的になっていることがわかります。

出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構HP

しかし、そんな状況の中でも家事は女性がやるべきという旧日本的な考えが強いという問題が日本という国には存在しています。それが良くわかるデータがあります。「保育園落ちた日本死ね」が取り上げられる平成28年より前の平成27年時点での育休の取得率を見てみると、女性は育休を81.5%が取得しているものの男性は2.65%にとどまっています。また、6歳未満の子供を持つ夫婦の育児・家事関連時間で見ると、妻は454分であるのに対して、夫は83分と約5倍の差がついています。共働きが一般的になっているのにも関わらず、家事や育児への男性の貢献度が低いということが数字として表れています。

出典:内閣府男女共同参画局

こうしたデータとしても表れているように、女性に対して負荷がかかりやすい状態が日本には存在していました。そんな最中に当時の安倍内閣は一億総活躍社会を掲げて女性をどんどんと社会に組み込もうとしていきます。

一億総活躍社会とは
§ 若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会
§ 一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会
§ 強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム

このようなこれまで社会の軸とされてきた若い男性だけでなく様々な人を活躍させるという崇高な目標とそもそも家事・育児に追われて大変な思いをしている女性の状況とがかけ離れていたことが不満が生まれてしまう要因となっていました。それと同時に子供を預けて、働きに出ることのできる保育園の需要が高まっていくことになりました。

結果として、保育所の需要が大幅に伸びて待機児童の問題が噴出してくることになります。国も保育拡大量を大幅に上昇させながら対応したものの、待機児童の量はそれでも増えていってしまうという状況が生まれました。ではもっと保育園を作ればいいと思ってしまいますが、そうもいかない状況があります。それは保育士の待遇が低く、離職率が非常に高いということです。全職種平均の年収が325万円ほどなのに対して保育士の年収は214万円と100万円以上の差があります。また、勤続年数も7年ほどしかなく辞める人が多いのが現状です。さらに、保育士の資格を持っている人のうち保育所に就職する人が約半数とそもそも就職する人がいないという問題もあります。こうした問題を抱えていれば保育士の確保が難しく、保育所の数は増やすことができません。

引用:厚生労働省 保育士の平均賃金等について

引用:厚生労働省 保育士の平均賃金等について

こうして待機児童問題を解決できない課題が散見されていたことで『保育園落ちた日本死ね!!!』のブログを書いた筆者のような不満を持つ人が多くうまれてしまいました。『保育園落ちた日本死ね!!!』のブログに繋がる前提が見えたところでそれが広がっていく流れを見て行こうと思います。

②保育園落ちた日本死ねのブログが広まる流れ


■保育園落ちた日本死ね!!!
何なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。
子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
何が少子化だよクソ。
子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。
不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。
オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。
エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。
有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。
どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。
ふざけんな日本。
保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。
保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。
国が子供産ませないでどうすんだよ。
金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。
不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。
まじいい加減にしろ日本。
(原文そのまま)
https://anond.hatelabo.jp/20160215171759

不満が噴出した当初の内容(2月15日)

初めは2016年2月15日のある女性のブログから始まりました。都内在住の30代前半のその女性は男の子が1人いて、その子育てを働きながらしようとしていました。しかし、認可保育所と認可外の保育所どちらにも落ちてしまい、仕事を辞めざるおえなくなってしまいます。政府は一億総活躍を掲げて、女性の活躍といいながらそんな環境ができていないことに不満を感じてこの女性は匿名のサイトで声を上げました。
この内容を見てみると感情のままに書き込んだ乱暴な日本死ねという言葉ではなく、そこに至るまでの不満が明確であることがわかります。この女性はかなり政治に興味がある方で当時問題になっていた国会議員の不倫問題や賄賂の問題に触れていたり、求める児童手当の額も20万と明確に示されていたりします。もちろん感情的な文章であることに変わりはないとは思いますが、それを考えてもイメージ以上に中身がしっかりしている文章ではないかと思います。

また、当初のそのブログに対するコメントは女性の心の叫びに対して共感の声や、アドバイス、批判などでした。こうしたコメントの中でも表やグラフを用いて論理的にやり取りされているものが多くあり、議論として成り立ち、それが深まっている状態だったといえると思います。

駒崎弘樹さんが引用して発言(2月17日)
その流れが2月17日に駒崎弘樹さんという方がその内容をブログで取り上げたことで変わっていきます。この駒崎さんという方はこれまでも炎上を繰り返している方でした。今回の話の中でも教育関係者としてのデータを用いた話のほかに、話のまとめとして自治体に対してとにかく文句を言え、政治に怒ろうという言葉を使っており、そのブログの中のコメントも荒れてしまっていました。結果として、女性の日本死ねの言葉が炎上のような形で広まっていきました。駒崎さんのブログの翌日には保育園落ちた日本死ねの筆者はTwitterを開設し、そこにもその炎上に併せて沢山の人が訪れるようになりました。そうしてTwitterへと中心を移した議論は文章量に制限があるということもあって、その反応も感情的なものだけが広がっていってしまいました。そうして最終的にはだんだんとネトウヨネトサヨ論争へ進んでいきます。

→山尾志桜里議員が国会で取り上げる(2月29日)
これを一気に国民的な話題に押し上げたのは2月29日の国会の質疑の中で山尾志桜里議員が取り上げたことです。これによりテレビなどでも取り上げられ一気に話題が一般化していきました。これによって、その内容の是非が国会だけではなく様々な場所でなされるようになり、国民の意識、政治の意識が待機児童問題へと向くことになりました。

③国民問題となった結果


国民問題として認識された結果、国は子育て安心プランというものを展開しこれまでの政策以上に保育の量と質の確保に力を入れました。待機児童ゼロを掲げて32万人分の受け皿を拡大したり、保育の人材の支援や育成の強化したり、、保育の質の強化したりと、新たな動きが展開されていきました。さらに国民の意識にも変化がありました。特に男性の育児休暇の取得率は平成27年度には2.65%であったものの、平成29年度にはわずか2年しか期間が開いていないにも関わらす、ほぼ2倍の5.14%まで上昇していて、一般の中でも意識の変化があったことが分かります。

出典:厚生労働省「雇用均等基本調査」

当初は不満の噴出というネガティブな感情であったものが、同じように思っていた人々の間で集合的沸騰という形で溢れ出し、それを政治やマスコミが議題設定したことで議論が広がっていって、ポジティブな結果を生み出しました。この『保育園落ちた日本死ね!!!』が作り出したムーブメントは一つの感情が社会全体を動かした例であるといえるのではないでしょうか。


〈参考文献〉

『「保育園落ちた日本死ね!」 匿名ブロガーに記者接触』(2016/3/4  朝日新聞デジタル)https://www.asahi.com/articles/ASJ3355J2J33UTIL01N.html
『「保育園落ちた日本死ね」から一年、テレビとネットは保育園問題をどう語ってきたか』 
(2017/2/20 Yahoo!JAPANニュース)https://news.yahoo.co.jp/byline/sakaiosamu/20170220-00067879/
『タワマンで保活超激戦区になった武蔵小杉——子育て世代急増の軋み』
(2017/4/30 BUSINESS INSIDER JAPAN)https://www.businessinsider.jp/post-33255
『一億総活躍社会の実現』
(首相官邸ホームページ)https://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/
『「日本は何もしなかった」 女性活躍、法律は骨抜き』(2020/1/28 WOMANSMARTキャリア)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO54689190S0A120C2000000/?page=2
『市町村女性参画状況見える化マップ』(内閣府)http://wwwa.cao.go.jp/shichoson_map/?data=3&year=2019&todofuken=31
『保育人材確保のための『魅力ある職場づくり』に向けて』

(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000057898.pdf