働き方改革を支えるあなたの心

門澤 徒森

1.働き方改革
2.パワハラ
3.心理的安全性
4.エンゲージメント
5.レジリエンス
6.まとめ

1.働き方改革

2017年に流行語となり、その後の社会に変化のきっかけを与えた「働き方改革₁」。

この働き方改革は、長時間労働の是正、雇用形態にかかわらない公平な待遇の確保、ハラスメント防止対策、人材育成、ダイバーシティの推進など多くの取り組みを促進させています。

そんな働き方改革の目指す社会と感情にはどんな関わりのがあるのか、その一部を考えてみたいと思います。

まず、現代では働くことに対し、「合理的な方針」や「正当な待遇」、「やりがい」など、仕事に対するモチベーションが重要視されるようになってきています。モチベーションは、感情に大きく左右される__というより、モチベーションも感情の一つだと考えられます。

しかし、昨今の日本では、働くことや職場に対する暗い感情が散見されます。

例えば、働き方改革が2017年の流行語になった影には、大手広告代理店電通での長時間労働及びパワハラが女性新入社員を過労により自殺に追い込んでしまった出来事₂ がありました。この事件に対する世間の同情、共感により日本社会に蔓延するパワハラや残業がより鮮明に浮き彫りになりました。

 1.働き方改革 働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指す政策。

 2.電通新人女性社員の過労・パワハラ自殺事件 2015年12月25日 新入女性社員が社員寮から飛び降りて自殺(過労自殺)した(享年24)。2017年10月6日東京簡易裁判所は、電通に対して労働基準法違反により罰金50万円の支払いを命じる判決を下した。 

 2.パワハラ

パワハラの認知や相談窓口の充実などの背景もあるものの、パワハラの相談件数などは年々増加し、民事上の個別労働紛争の相談の中で最も件数が多いものも「いじめ・嫌がらせ」に関するものになっています。

個別労働紛争解決制度の施行状況 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000521619.pdf

近年では、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」、通称パワハラ防止法₃ が施行されるなど、パワハラ根絶のための動きがみられています。

このパワハラが起こるのは、感情が大きく関係しています。

パワハラを感情の側面から分解してみると、その感情は主に「怒り」です。

ちなみに、感情には一次感情と二次感情という分類があります。自然に発生するものが前者で、一次感情が思考などの影響を受けて発生するものが後者であり、「怒り」は二次感情₄ です。

「怒り」は、その時の心の余裕などで程度や有無が大きく左右されるので二次感情に分類されています。そして、そのもとになる一次感情は「不安」や「追い詰められている」「怖い」などであるとされています。

例えば、自己肯定感が低い人は、相手の立場を下げることや、恐怖による立場の意識付けによって自分の位置を相対的に上げようとしたり、自分より弱い相手をターゲットにすることで自分が高い位置にいると感じる、といったように、一種の精神的な自衛のための手段としてパワハラを行うと考えられます。

他には、べき思考が強い人もパワハラをしやすい人だと考えられます。このべき思考は、「認知のゆがみ」₅ の1つのパターンです。この「認知のゆがみ」とは、同じ出来事に遭遇した際に、歪んだ捉え方をすることで、自分の気持ちが不安になったりイライラしたり、ネガティブなものになることです。1976年に心理学者のアーロン・ベック氏(Aaron Temkin Beck)₆ によって認知の歪みの基本的な理論が提唱され、その後に、デビッド・D・バーンズ氏(David D. Burns)₇ が様々な例やパターンにかみ砕いて、「認知の歪み」の概念を広めました。

この「認知のゆがみ」のパターンには、パワハラを起こしやすい思考が他にもいくつか含まれています。

例えば、白黒思考といい、物事を白か黒かではっきりさせなければ気が済まないパターン。少しのミスでも全体の失敗だと考えてしまうような思考で、オール・オア・ナッシングなどとも呼ばれることもあります。

さらに、過剰な一般化、ラベリング、レッテル貼りといわれる、一度起こったことや一部の性質によって自己や他人をその後ネガティブにとらえ続けてしまう考え方も、他者への怒りや自己肯定感の低下を招きパワハラにつながってしまうと考えられます。

3.パワハラ防止法 正式名称「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」パワハラについて法律で規定し、その防止措置の義務を企業に課すもの。日本の法律で初めて「パワハラ」が規定された。大企業が2020年6月、中小企業は2022年4月から施行。
4.二次感情「怒り」 アドラー心理学カウンセリング指導者の岩井俊憲氏によると、アドラー心理学では、「怒り」を「ある感情が“怒り”というかたちで表面化したもの」と考えるため、「怒り」は二次感情に分類される。しかし、心理学者のロバート・プルチックの提唱する、プルチックの感情の輪では「怒り」は一次感情に分類されている。この文では、前者のアドラー心理学的な考え方を採用している。
5.認知の歪み (Cognitive distortion)誇張的で非合理的な思考パターン。これらは精神病理状態(とりわけ抑うつや不安)を永続化させうるとされている。
6.アーロン・ベック 1921年7月18日~ アメリカの医学者、精神科医。うつ病の認知療法の創始者として知られ、認知行動療法の理論的基礎を形作った。ペンシルバニア大学教授。国際認知療法学会名誉会長。
7.デビッド・D・バーンズ スタンフォード大学医学部の精神医学および行動科学科の精神科医および非常勤教授。1989年に著した『フィーリングGoodハンドブック』で認知のゆがみの概念を広めた。

3.心理的安全性

そして前述のとおり、「怒り」は環境に左右される二次感情であるため、パワハラが起きやすい環境というのももちろん存在すると考えられます。

厚生労働省ポータルサイト「あかるい職場応援団」による、パワーハラスメントが発生している職場の特徴という図では、残業が多い/休みがとりづらい職場や、正社員やそれ以外などが共に働く職場などが上位に挙げられています。

厚生労働省ポータルサイト「あかるい職場応援団」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

有給給付や、公正な待遇、時間外労働の上限規制などは働き方改革の重要な柱であり、働き方改革の促進はそれ自体がパワハラ防止につながっているようです。

前述のパワーハラスメントが発生している職場の特徴では、上司と部下のコミュニケーション不足や、失敗が許されない職場が最上位であり、このような職場は心理的安全性₈ が不足している職場と呼ばれます。この心理的安全性が十分な職場は、生産性が高くなるとされています。

この心理的安全性、またはサイコロジカル・セーフティーとは、ハーバード大学で組織行動学を研究している、エイミー・エドモンドソン氏(Amy C. Edmondson)₉ が初めに提唱した概念であり、2015年にグーグルがプロジェクト・アリストテレス₁₀ というプロジェクトの中で用いたことで注目を集めた言葉です。

このプロジェクトは、「効果的なチームを可能とする条件は何か」という問いに対する答えを見つけ出すためのもので、アリストテレスの「全体は部分の総和に勝る」という言葉にちなんでいます。

心理的安全性の作り方・測り方。Google流、生産性を高める方法を取り入れるにはhttps://www.dodadsj.com/content/190318_psychological-safety/

心理的安全性とは、無知、無能、ネガティブや、邪魔だと思われる行動をしても、チームが受け入れてくれると信じられるかどうかを意味します。要するに、失敗してもいいからやってみようと思える環境のことです。

これは、感情がパフォーマンスに影響を及ぼす顕著な例であり、働き方改革やパワハラ防止法などによりパワハラ等がなくなることが、職場の風通しを良くすることが社会に成長につながる希望であるという証明です。

 8.心理的安全性 (psychological safety)他者からの反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことができる状態。1999年にハーバードビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授によって提唱された。
 9.エイミー・エドモンドソン リーダーシップ、チーミング、および組織学習のアメリカの学者。ハーバードビジネススクールのノバルティス記念講座教授。Technology and Operations Management(TOM)に所属。Thinkers50 2019 Ranking(世界で最も影響力のある経営思想家)で3位を獲得。
 10.プロジェクト・アリストテレス  グーグルが2012年に開始した労働改革プロジェクトの総称。メンバーのJulia Rozovsky氏が、影響因子の特定に成功したとHarvard Business Reviewに発表。現在ではGoogle re:Workというウェブサイトでも情報を入手することができる。 

4.エンゲージメント

そして、心理的安全性を高めることは働き方改革が目指す別の目的にも影響しています。

それが、人材不足の解消と人材育成です。近年、若者の離職率の高さは就職問題とともに常に社会に付きまとう問題の一つです。令和元年の厚生労働省による雇用動向調査結果によると、20~24歳の離職率は男女ともに30%を超えています。

人間関係はもちろん、やりがい、本当にやりたいことなのかなど、離職の理由はさまざまです。

2019年(令和元年)雇用動向調査結果の概要(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/20-2/dl/kekka_gaiyo-03.pdf

そこで、エンゲージメント₁₁ という言葉があります。社員ひとりひとりが企業の掲げる「戦略・目標」を適切に判断し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲のことであり、しばしば端的に会社への愛着などと表現されることもあります。ただし、エンゲージメントは精神論的な愛社精神を指す言葉ではなく、仕事に没頭したり、自発的に行動するためのエネルギーのコントロールを意味しています。エンゲージメントについて、ブラッド・シャック氏(Brad Shuck)₁₂ とカレン・ウォラード氏(Karen Wollard)₁₃ が提唱した「認知的エンゲージメント」「行動的エンゲージメント」「感情的エンゲージメント」といった3つに分類するモデルがよく用いられます。

認知的エンゲージメントは仕事への集中度合い、行動的エンゲージメントは自らの向上心や能動的な姿勢を表しています。前に述べた心理的安全性や人材育成と特に大きなかかわりを持つのは感情的エンゲージメントで、仕事に対し自分にとっての意味を見出しているか、組織に帰属意識があるかなどを表します。

これらのエンゲージメントの大小には、組織に貢献できると感じているかどうか、仕事に自分があっているかなどの自己評価のほかに、仲間と協調性を持って仕事ができているかどうかという、仲間意識も影響しています。信頼関係や仲間意識が強い職場は、心理的安全性が高い職場と呼べます。それによって生まれた帰属意識、仲間意識が離職率を低下させる要因の一つになるかもしれません。終身雇用制や年功賃金をはじめとした旧来の不平等さもエンゲージメントの低下につながっています。多様な働き方が認められるようになるなか、働き方改革の促進で、新しい形の平等がより居やすい職場を作ると考えられます。

ちなみに、このエンゲージメントは従業員にいくつかのアンケートを行いスコア化できるのですが、米ギャラップ社が2017年に発表した調査「State of the Global Workplace 2017:GALLUP」によると、日本のエンゲージメントスコアは調査対象139カ国中132位という結果で、ほぼ最下位であり、アンケートから算出した『非常に意欲的な社員』の割合も世界平均が15%なのに対し、日本はわずか6%に過ぎないという結果になりました。

 11.エンゲージメント 個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係。
 12.ブラッド・シャック ルイビル大学の人事および組織開発プログラムの終身准教授およびプログラムディレクター。LEAD Research、LLCの主任コンサルタント。英連邦研究院のケンタッキー学者。従業員エンゲージメント、リーダーシップ、従業員の健康と福祉の学者。
 13.カレン・ウォラード フロリダ国際大学。ブラッド・シャック氏とともに3つのエンゲージメントを提唱した。 

5.レジリエンス

これまでに述べた、感情をコントロールすることや、いい人間関係の職場を作ること、これらはレジリエンス₁₄ を構成する要素になります。

レジリエンスとは、困難や脅威に直面している状況に対して、「うまく適応できる能力」「うまく適応していく過程」「適応した結果」を意味する言葉です。苦難や失敗がない人生はありません。思い通りにいかない出来事や、取り返しのつかないような失敗は誰にでも起こりえます。そこでその試練に心が折れ腐ってしまうのか、それをバネにして成長できるのかが成功の可否を分けます。

そして、レジリエンスを構成する要素は、感情・情動コントロール力、自己効力感、自尊感情、楽観性、良い人間関係です。

レジリエンスとは? 心が折れやすい人の特徴、レジリエンス向上の重要性、組織のレジリエンスを高める方法についてhttps://www.kaonavi.jp/dictionary/resilien

レジリエンス研修https://hrd.mynavi.jp/service/service-25737/

しかし、このレジリエンスは、個人のみでも組織のみでも成立できません。

心理的安全性を高めれば、パワハラをしてしまう余裕のない心の解消の一助となります。また、パワハラが少なくなれば、その職場は心理的安全性の高い職場になっていく。というように、レジリエンスの構成要素は、お互いに影響しあってそれを成立させています。どれか一要素だけ取り立てて育んでも、バランスを損ねてしまうでしょう。お互いが影響しあい高めあうということは、すべてを育まなければ一要素たりとも成立しないということです。

つまり、働き方改革によって、組織の在り方が変わるだけでなく、個々人の認識も改めなければレジリエンスの高い会社は作れないということです。

14.レジリエンス 元々はストレスとともに物理学の用語であった。精神医学では、ボナノ氏(Bonanno,G.)が2004年に述べた「極度の不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持することができる能力」という定義が用いられることが多い。

6.まとめ

今、旧来の機械モデルの会社は新しい有機体モデルの会社に変革しようとしています。

個人が尊重される会社というのは、環境が個人の自己効力感を高めると同時に個人がしっかりとした意識を持つことでのみ成立できる会社です。

一次感情は環境に左右され、二次感情は個人がコントロールする必要があります。会社としては、働き方改革などでより働きやすい職場を作り、そこに働く人々はアンガーマネジメントなど自身の感情を理解し、操るすべを身に着けることができれば、より働きやすい社会が生まれると考えられます。

かのジークムント・フロイトは、「集団心理学と自我の分析」などで集団をまとめ上げる力はリビドーであると考えられるという風に述べています。さらに彼は、「愛情をケチってはいけない。元手は使うことによって取りもどせるものだ」とも語っています。集団を自分にとってより良いものにするために、いっそう周りの人々にやさしく接してみるといいかもしれません。



参考

「2017新語・流行語大賞」候補30語https://www.nippon.com/ja/features/c03806/

電通社員、「殺人的」長時間残業&パワハラ蔓延を告発…入院 …https://biz-journal.jp/2016/10/post_16958.html

労働施策の総合的な進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律https://elaws.egov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=341AC0000000132

グーグルが発見!成功するチームに共通する「心理的安全性」のつくり方
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66539?page=2#:~:text=%E3%81%9D%E3%82%82%E3%81%9D%E3%82%82%E5%BF%83%E7%90%86%E7%9A%84%E5%AE%89%E5%85%A8%E6%80%A7,%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

Google re:Work『「効果的なチームとは何か」を知る』
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/

心理的安全性の作り方・測り方。Google流、生産性を高める方法を取り入れるにはhttps://www.dodadsj.com/content/190318_psychological-safety/

労働時間等見直しガイドライン.indd
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kinrou/dl/101216_01a.pdf

心理的安全がもたらすチームパフォーマンスへの効果 
https://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=74904&bk=list%2Fseries.php%3Fss%3D3152

心理的安全性を解明したGoogleのプロジェクト・アリストテレスとは?
https://mitsucari.com/blog/psychological_safety_google/

認知の歪みとは?代表的な10項目と具体例を紹介します。うららか相談室https://www.uraraka-soudan.com/column/91

なぜ、パワハラは起こる?!パワハラ発生のメカニズムとその対処
https://www.hrm-service.net/column/article117/

厚生労働省ポータルサイト「あかるい職場応援団」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

企業における人権研修シリーズ パワー・ハラスメント 法務省
http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/pawahara.pdf

個別労働紛争解決制度の施行状況 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000521619.pdf

平成28年度 厚生労働省委託事業 職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11208000-Roudoukijunkyoku-Kinroushaseikatsuka/0000164176.pdf

平成28年度 厚生労働省|職場のパワーハラスメントに関する実態調査 主要点
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11208000-Roudoukijunkyoku-Kinroushaseikatsuka/0000163752.pdf

厚生労働省「令和元年雇用動向調査」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/18-2/dl/gaikyou.pdf

離職率の計算方法や平均値、高い企業、低い企業の特徴は? 定着率をあげるためにやるべきコトhttps://workit.vaio.com/i-turnover-rate/

エンゲージメントとは? 意味や重要性、向上させる最新の方法について
https://www.ashita-team.com/jinji-online/category2/5673

レジリエンス研修
https://hrd.mynavi.jp/service/service-25737/

レジリエンスとは? 心が折れやすい人の特徴、レジリエンス向上の重要性、組織のレジリエンスを高める方法についてhttps://www.kaonavi.jp/dictionary/resilien