今回、取り上げるのは、日清カップヌードルの「NO BORDER~赤の広場篇~」です。

 このCMの制作を中心となって敢行したのが高松 聡(たかまつ さとし)氏です。

このCMの注目ポイントを5つピックアップして紹介します。

1.歴史が色濃く残るロケーション

 最初の1シーンは、旗の立った建物に焦点が当てられ、カメラを固定したまま、焦点を手前の人物に移動させます。(Rack Focus)最初のシーンということもあり、場所や環境の設定を明確にするという意図があります。

では、実際にこの建物について紹介していきます。

 ロケーションは、CMのサブタイトルにもなっている通り、ロシアにある「赤の広場」という場所です。この場所はロシアの首都、モスクワの中心地にある広場でロシア革命などの様々な重要な出来事の中心地となった場所です。ちなみに名前の「赤」とは共産主義を象徴しているという意味ではなく、ロシア古語で「美しい」という意味があるそうです。

 赤の広場の中でも最初のシーンで写されている旗の立っている建物はロシア連邦大統領府(通称、元老院)です。旧ソ連及びロシア連邦の最高責任者の拠点であるため、ロシア政府の中枢となっている場所です。この建物は普通、観光客は立ち入ることができない場所なので、この場で撮影したこと自体がCM制作にとても熱意が注がれていたことが分かります。

2.権威を強調させる衣装やプロップス

 建物の次に目に入るのがカップヌードルで作られた「BORDER」を守るように整列している警備員でしょう。この方々は威圧感を醸し出す軍服を身にまとい、軍帽を被っています。

 門の付近を守る警備隊は銃を背負っています。このCMに出てくるプロップス(小物)は銃とカップヌードルの2つだけであり、それぞれ圧力の象徴である「銃」と平和の象徴である「カップヌードル」で対照的な存在となっているように感じます。

 軍人の威圧感を表現するために前半のシーンではローアングルでの撮影が多かったですが、子どもが押し寄せてくるにつれて、アングルが高くなっていく様子から時間とともにパワーバランスが変化していくのが感じられます。

 最後の子どもが警備員にカップヌードルを差し出すシーンでは、軍服を着崩して脱帽していることからも服装は権威を強調するものだったことが分かります。

3.対比を明確にさせるライティング

 CMの合間合間にはワイドショットで「赤の広場」の全景が映し出されます。そこでは広場の人々の様子や風景が変化する様子がグラデーションのように表現されています。人々の様子だけではなく、実際に周りの空も明るくなっていき、徐々に日が当たっていく様子もわかります。

 さりげなく変化していくので最初はわかりづらいですがこうして並べてみると明確だと思います。この夜が明けていくと共に、映し出されている状況も好転していることからこのライティングは登場人物の心理描写にもなっており、絵的にも心理的にも徐々に「暗から明」に移っていっているのが分かります。

4.メッセージ性を強める音楽表現

 ここまで衣装やライティングから巧みにコントラストが表現されている様子を紹介してきました。このCMを一見したとき、最も印象的だったのが、Mr.Childrenのメッセージ性の強い音楽です。このCMにはセリフやナレーションなどはほとんどなく、中にはミュージックビデオのような印象を受けた人もいるでしょう。

 CMで使われているのは「タガタメ」というタイトルで、制作された当時に起こった事件を受けて平和を願うためにつくられた曲です。

 CMで使われている箇所の歌詞を見ていただければわかる通り、一般的に食品のCMには、使われないほど強いメッセージ性を持った曲です。書下ろしでないにもかかわらず、映像の世界観と曲の世界観がここまでマッチしたCMはなかなか珍しいのではないでしょうか?

5.カップヌードルを象徴させるキャッチコピー

 このCMを見て真っ先に思うのは「なぜカップヌードルのCMを作る上で、この作品が生まれたのだろう?」ということではないでしょうか。一般的に食品のCMと言えば一家団欒で食卓を囲んでいたり、新鮮な食材がふんだんに使ってあることをアピールする説いた表現が典型的だと思います。

 しかし、日本では当たり前のように販売されているカップヌードルという商品は世界80か国以上、販売比率の7割が海外であるということからもわかる通り、定番商品でありながら、普通の食品が持つ以上にアピールする要素を持った特別な商品です。このCMが放映された一年後には「スペース・ラム」という名前で宇宙にまで進出しました。

 このように『世界中で愛される「カップヌードル」のおいしさを感じる気持ちに垣根がないように、人々の心にも垣根がなければいいのに』という思いを込められてつけられたキャッチコピーこそ「NO BORDER」です。